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横浜地方裁判所 平成8年(わ)1614号 判決 1996年12月18日

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、妻及び四人の子供とともにトラック運転手等をして生活していたものであるが、トラック購入のためにした借金を抱えて一たん自己破産をしたものの、その後も返済をしなければならない負債が残ったため、金銭のやりくりに苦慮し、生活が苦しい状態が続いていた。

ところで、被告人は、昭和五七年に結婚した際妻の姓の乙川を名乗り、平成四年に妻の母親夫婦と養子縁組をして甲野姓になるまで乙川姓が続いたが、昭和六二年ころから仕事の関係で知り合った女性の丙澤花子と深い交際をし、平成元年に同女が結婚した後もその交際を続けていたところ、平成六年暮れころ花子から、かつて被告人の職場の同僚の者に強姦されたことがあるという話を聞かされて、金欲しさからこの話を種にしてその人物に金銭を払わせようと企てたものの、うまく行かなかった。しかし、被告人は、この話を種に何とか金銭を得る方法がないかと考えを巡らすうち、息子の交通事故による死亡保険金をもらっていると聞いていた花子の母親から金銭を獲得しようと思い付くに至った。そこで、被告人は、平成七年三月に、偽名を使い戊田と名乗って花子の実母の丁山夏子と会い、花子が強姦されたことがあり、その件で自分がその相手と話をつけたなどと言って、その費用名目で丁山から一〇〇万円を獲得することに成功したことがあった。

第一  被告人は、右のように丁山から意外に簡単に金銭を獲得することができたため、さらに丁山を花子の不倫関係を種に脅して、金銭を喝取しようと考え、平成七年四月一五日、やはり戊田と名乗って丁山を呼び出し、同女を神奈川県相模原市麻溝台<番地略>所在のホテル「○○」に連れて行き、同日午前一〇時四五分ころから正午ころまでの間、同ホテル三〇二号室において、花子の息子は乙川の子供である等と書いたメモを丁山に見せた上、「今も花子が乙川と続いている。花子の子供は乙川の子供だ。こんなの花子の旦那にばれたらまずいんじゃないか。これは情報屋から回ってきたものだ。この情報を六〇万円で買ってくれ。」などと申し向けて金員の交付を要求し、その要求に応じなければ娘の花子の名誉・信用に害が及ぶものと丁山を畏怖させ、同月二三日ころ、同市麻溝台<番地略>所在の顕正寺の駐車場において、丁山から現金六〇万円の交付を受けて喝取した。

第二  被告人は、前記第一記載のとおり丁山を脅して、その場で六〇万円を交付する旨約束させたものの、丁山が警察に届け出るのを恐れて、丁山を強いて姦淫し辱めを与えて警察に届出できなくしようと考え、前同日正午ころ、前同ホテル三〇二号室において、丁山に対し、その両肩を強く掴んでベッドに押し倒し、体に覆いかぶさり、その両手を押さえつけて下着をはぎ取るなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上強いて同女を姦淫した。

第三  被告人は、平成七年一〇月ころまたもや丁山から金銭を脅し取ろうとしたものの、前記第一記載の犯行後もたびたび丁山から金銭の交付を受けていたため、これ以上花子の不倫関係を種にして金銭を得ることは難しいと思い、今度は丁山を強姦した上その際写真を撮るなどして、それを種に同女を畏怖させて金銭を脅し取ろうと考えた。そこで、被告人は、同月二二日、戊田を名乗って丁山を呼び出すと、同日午後零時四〇分ころ、前同市麻溝台<番地略>所在のホテル「××」に丁山を連れて行き、同ホテル四〇二号室に入ると、丁山に対し、「乙川に追いかけ回されている。なんとか逃げる金が欲しい。二〇〇万円何とか都合してくれないか。」などと金員を要求したが、丁山に「なんで私に関係あるのよ。それだったら警察に行く。」などと断られたことから、事前の計画に従い、後記第四記載のとおり丁山を強姦し、その後丁山が衣服を着る姿態を写真に撮った上、姦淫された事実を右写真と共に外部に漏らすことをほのめかして右の二〇〇万円の金員の交付を要求し、その要求に応じなければ丁山の名誉・信用に害が及ぶものと同女を畏怖させ、同月二九日ころ、同市麻溝台<番地略>所在の相模原公園において、丁山から現金二〇〇万円の交付を受けて喝取した。

第四  被告人は、前同日午後一時ころ、前同ホテル四〇二号室において、丁山に対し、その両腕を強く掴んでベッドに押し倒し、体の上に馬乗りになり、その着衣を脱がして全裸にするなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上強いて同女を姦淫した。

第五  被告人は、丁山から数度にわたって金銭を得てきたが、警察に届け出られる恐れがあるので、最後に大金を脅し取ろうと考え、平成八年二月四日ころ、職場の同僚の戊田一男及びその知人である己谷太郎に対し、丁山からまとまった金銭を脅し取ろうと思うので協力して欲しいと話を持ち掛けたところ、両名とも金銭欲しさからそれに協力することになった。そこで、被告人と戊田及び己谷の両名は、丁山に架空の金銭預り証を作成させた上外部と連絡が取れないようにし、その間に同女の夫に金銭を支払わせることを計画し、その一環として、丁山を拉致してパワーリスト(運動用具)でその頭部を殴って気絶させることとして、共謀の上、同年三月三一日午後四時三〇分ころ、被告人が戊田と名乗って呼び出した丁山を普通乗用自動車に乗せて走行した上、同日午後四時五〇分ころから同日午後五時三〇分ころまでの間、神奈川県相模原市新戸一六三五番地の一先路上から同県平塚市片岡七〇八番地先路上を走行中の右自動車内において、丁山に対し、被告人がその頭部をパワーリスト(平成八年押第二六二号の1)で何回も殴打する暴行を加えた。

第六  被告人は、前記第五記載の暴行を加えられたことにより丁山が抗拒不能の状態にあるのを利用して同女を姦淫し、自分達の要求を聞き入れさせようと考え、前同日午後六時ころ、神奈川県中郡二宮町山西二三八番地先山西海岸に停車中の前記普通乗用自動車内において、右暴行により畏怖して抵抗できない状態にある丁山を、その抗拒不能に乗じて姦淫した。

第七  前記戊田は、前記第五及び第六記載の暴行、姦淫を受けて畏怖している丁山が、「殺すならひとおもいに殺して。」などと言うのを見るうちに、予定していた前記計画を変更して、丁山をその場で直接脅して金銭を喝取しようと考え、同女に対し「死ぬ気があったらなんでもできるな。」などと申し向けたが、これを聞いた被告人及び前記己谷も、戊田と同様、当初の計画を変更して丁山をその場で脅して金銭を喝取しようと考え、被告人、戊田及び己谷は、意思を相通じて共謀の上、前同日午後六時ころ、前記山西海岸に停車中の前記普通乗用自動車内において、右畏怖している丁山に対し、被告人及び戊田がこもごも、「六〇〇万円用意しろ。」「持ってこないと娘や家族に迷惑がかかるぞ。」「娘を売り飛ばすぞ。」などと申し向けて、現金六〇〇万円の交付を要求し、その要求に応じなければさらに丁山及びその親族の身体・名誉・信用等に害が及ぶものと同女を畏怖させ、金員を喝取しようとしたが、丁山がこれに応ぜず警察に通報したため、その目的を遂げなかった。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は平成七年法律第九一号による改正前の刑法二四九条一項に、判示第二の所為は同改正前の刑法一七七条前段に、判示第三の所為は同改正後の刑法(以下同じ)二四九条一項に、判示第四の所為は同法一七七条前段に、判示第五の所為は同法六〇条、二〇八条に、判示第六の所為は同法一七八条、一七七条前段に、判示第七の所為は同法六〇条、二五〇条、二四九条一項にそれぞれ該当するところ、判示第五の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役六年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、判示第二及び第四の各強姦の事実について、被害者丁山の各告訴はそれぞれ被害を受けた時から六か月を経過した後になされているが、丁山は各被害を受けた当時犯人が何人であるかを知っていたものであるから、右各告訴は、いずれも犯人を知ったときから六か月内という法定の告訴期間経過後になされたもので無効であり、結局、判示第二及び第四の各事実については、いずれも適法な告訴がないことになるので、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の判決がなされるべきである、と主張するので、この点について判断を示しておく。

二  親告罪の告訴期間を定める刑事訴訟法二三五条一項にいう「犯人を知った」とは、犯人が誰であるかを知ったことをいい、犯人の住所や氏名など詳しい点まで知る必要はないが、少なくとも犯人が何人であるかを特定しうる程度に認識することを要するというべきである。そして、被害者が犯人について処罰を求める告訴をするかどうかの意思決定をするについては、犯人の立場や自己と犯人との関係が大きな意味を持つことにかんがみると、右の犯人が何人であるか特定しうる程度に認識するというのは、それら犯人の立場や自己と犯人との関係を知り得る事情を認識することをいうものと解される。

三  右のことを前提として、前判示第二及び第四の各強姦の被害者である丁山が何時犯人を知ったと認められるか考察する。

丁山と犯人である被告人との接触状況は前判示罪となる事実記載のとおりであり、丁山は、前判示第二及び第四の各強姦の被害に遭う以前に被告人と会い、また強姦された際も被告人と顔を合わせていたものであるから、丁山は各強姦の被害に遭った直後において、すでに犯人である被告人の人相、体格等は認識していたと認められる。しかしながら、被告人は、偽名を使い戊田と名乗って丁山と会っており、丁山に対しては、同女の娘花子は乙川という男と不倫関係にあり、自分はそれについて情報を得ている者であると告げていたに過ぎないのであるから、丁山としては、被告人の人相、体格等の身体的特徴については認識したとしても、それ以上に、戊田と名乗る被告人が、そもそも娘花子の不倫相手という乙川といかなる関わりがあり、どのような立場にあり、娘花子ひいては自分とどのような関係がある者なのかについては全く知らず、また知り得る事情も得ていなかったのである。そうすると、丁山としては、強姦の被害に遭った当時においては、自分や娘花子と犯人との関係を知った上、強姦の被害を告訴することによる諸影響について考慮し、告訴するか否かの意思決定ができるだけの立場にはなかったものといえる。

そして、丁山が、被告人の本名を知り、被告人が娘花子と不倫関係にあるという乙川と同一人物であるという事情を知ったのは、被告人が逮捕された平成八年四月二日以降であり、丁山としては、そのような事情を知ってはじめて強姦の犯人である被告人を告訴するか否かの意思決定をできる立場に立ったと解することができるので、丁山が前判示第二及び第四の強姦についてその犯人を知ったのは、平成八年四月二日以降というべきである。

四  したがって、丁山が前判示第二の強姦について告訴したのは平成八年五月一六日であり、また、前判示第四の強姦について告訴したのは同月二二日であるから、右各告訴はいずれも、丁山が犯人を知ったときから六か月以内になされており、法定の告訴期間内の有効なものと判断される。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、金銭欲しさから自分と不倫関係にあった女性の実母につきまとい、娘の不倫関係を種に狡猾かつ悪辣な手段を使って多額の金銭を喝取し、被害者が警察に届け出るのを防ぐためや新たな恐喝に利用するため強姦あるいは準強姦に及び、また、自ら犯罪計画を立案して仲間を誘い共同して暴行、恐喝未遂に及んだという事案であり、前判示のとおり、各犯行の動機に酌量の余地はなく、犯行の態様も執拗にして卑劣であり、相手の立場や人格を全く無視した悪質なものであって、犯情は非常に悪い。本件恐喝の被害額は合計二六〇万円にのぼるばかりでなく、被告人はそれ以外にも、本件と同様の手口で被害者から多額の金銭の交付を受けており、被害者は約一年の長きにわたり脅し続けられて、子供の交通事故死により得た保険金を全て失い、その上その間何度か被告人から凌辱を受けたものであり、その財産的被害が非常に大きいのみならず、その受けた恐怖心、屈辱感、精神的衝撃及び肉体的苦痛は非常に大きいものがあると考えられる。そうした被害に対し被害弁償はおろか何らの慰謝の措置も講じられていないのであって、被害者が厳罰を望むのも当然のところである。以上の事情からして、被告人の刑事責任は相当に重く、厳しい処罰を免れ得ない。

そうすると、被告人が本件各犯行について被告人なりに反省の態度を示していること、被告人にはこれまで前科前歴がないこと、被告人には子供達を含む家族がいることなど、被告人のために酌むことのできるいくらかの事情を考慮しても、主文の刑に処するのが相当である。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 長谷川誠 裁判官 中尾佳久)

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